スキージャンプ女子の第一線で活躍する丸山希選手。
2021年、五輪代表入り目前で負った前十字靱帯断裂という大怪我。選手生命を揺るがす大きな挫折を経験します。
それでも丸山希選手は、長いリハビリ期間を経て再びジャンプ台へ戻り、2025/26シーズンにはW杯開幕3連勝という快挙を達成。
“遅咲きのエース”として、いまやミラノ・コルティナ五輪の金メダル候補に名を連ねる存在となりました。
この記事では、丸山希選手の学歴やこれまでの競技経歴を時系列で整理しながら、大怪我からの復活劇と現在の強さの理由を詳しく解説していきます
丸山希選手の学歴まとめ|強豪校で才能を磨いた学生時代
丸山希選手は、長野県のスキー強豪校を中心に進学し、競技と学業を高いレベルで両立してきました。
学生時代から頭角を現し、大学在学中に国際舞台へ本格デビューするなど、日本女子スキージャンプ界でも早熟な存在として知られています。
小学校:野沢温泉村立野沢温泉小学校(2011年3月卒業)
丸山希選手は、野沢温泉村立野沢温泉小学校を2011年3月に卒業しています。
小学4年生の時、姉に手を引かれる形でスキージャンプを始め、ここから競技人生が本格的にスタートしました。
地元・飯山市で行われるサマージャンプ大会では、8回出場中7回が表彰台(うち5回優勝)という圧倒的な成績を残し、早くも「将来有望なジャンパー」として注目を集めます。
この頃から、姉に「負けたくない」という強い気持ちが芽生え、負けず嫌いな性格が才能として表れ始めた時期でした。
中学校:野沢温泉村立野沢温泉中学校(2014年3月卒業)
中学は野沢温泉村立野沢温泉中学校に進学。
在学中、全日本スキー連盟(SAJ)ジュニアチームに中学生で唯一選出されるという異例の抜擢を受けます。
全国大会では3年連続で上位入賞を果たし、名実ともに全国レベルの選手へと成長。
まだ身体が成長途中の時期でありながら、技術力と度胸で結果を出す姿は「天才少女」とも評されました。
高校:長野県飯山高等学校(2017年3月卒業)
高校は、スキー競技の名門として知られる長野県飯山高等学校へ進学。
スキー部に所属し、全国の強豪選手と切磋琢磨する日々を送ります。
在学中は
- 全国高校選抜スキー大会 1・2年時連覇
- 2015年 ノルディックジュニア世界選手権 団体銅メダル獲得
と、国内外で結果を残しました。
地元の名ジャンプ台「飯山シャンツェ」での地道な練習を重ね、持ち前の負けず嫌いな性格が精神的な強さへと昇華していった時期でもあります。
大学:明治大学 政治経済学部(2017年入学)
高校卒業後は、明治大学政治経済学部へ進学。
体育会スキー部に所属し、競技レベルは一気に国際水準へと引き上げられました。
大学在学中には
- 2018年 サマーグランプリ混合団体 優勝
- ワールドカップ(W杯)デビュー
を果たし、世界の舞台で戦うジャンパーとしての第一歩を踏み出します。
一方で、トップレベルの競技と大学の講義を両立する生活は決して楽ではなく、「トレーニングと講義のスケジュール管理が精神力を鍛えた」と語るなど、学生アスリートとしてのストイックな一面も見せています。
怪我をした際には学業に集中するなど、競技人生を長期的に見据えた姿勢が印象的です。
ジャンプ丸山希が2戦連続の表彰台、「いい状態でW杯締めくくれた」…抜群の安定感発揮し初の五輪へ : 読売新聞オンライン https://t.co/56UQqWMOxK #丸山希 #高梨沙羅
— 読売新聞オンライン (@Yomiuri_Online) February 1, 2026
丸山希選手の競技経歴|怪我を越えて覚醒した「遅咲きエース」
丸山希選手は、幼少期から才能を発揮しながらも、大怪我という試練を経験し、そこから世界の頂点争いへとたどり着いたスキージャンパーです。
ここでは、競技開始から現在までを時系列で整理して紹介します。
競技開始~中学時代|天才少女の誕生
丸山希選手がスキージャンプを始めたのは、小学校4年生のとき。
姉に手を引かれ、地元のジャンプ台に立ったことが競技人生の出発点でした。
小学生時代から頭角を現し、飯山市サマージャンプ大会では「8回出場中7回表彰台(うち5回優勝)」という圧倒的な成績を記録。
野沢温泉中学校在学中には、全日本スキー連盟(SAJ)ジュニアチームに中学生で唯一選出され、全国大会でも3年連続上位入賞。
この頃から全国レベルで注目される存在となります
高校時代|国内トップクラスへ
2014年、スキー強豪校として知られる長野県飯山高等学校へ進学。
スキー部で競技力を一気に伸ばします。
主な実績
- 全国高校選抜スキー大会 1・2年時連覇
- 2015年 ノルディックジュニア世界選手権 団体銅メダル
国内だけでなく国際大会も経験し、世界への足がかりを築いた時期です。
大学時代|国際舞台への本格デビュー
2017年、明治大学政治経済学部に進学し、体育会スキー部に所属。
競技と学業を両立しながら、世界を意識した活動が始まります。
2018年には
- サマーグランプリ初出場
- 混合団体で優勝
を果たし、国際舞台での存在感を示しました。
この大学時代に、ワールドカップ(W杯)デビューも経験しています。
北野建設スキー部入社|実業団での飛躍
大学卒業後、北野建設スキー部に所属。
同チームは1971年創設の名門で、渡部暁斗・善斗兄弟など五輪メダリストを輩出してきました。
充実したトレーニング環境とサポート体制のもと、丸山選手はチームのエース候補として期待を集めます。
2021年|選手生命を脅かす大怪我
2021年10月24日、北海道・大倉山ジャンプ競技場で行われた全日本選手権ラージヒルで事故が起こります。
1本目に129.5mの大ジャンプを決めた直後、着地で転倒。診断は
- 左膝前十字靱帯断裂
- 外側半月板損傷
- 骨挫傷
という重傷で、北京五輪代表入り目前の絶望的なタイミングでした。
リハビリ~復帰|恐怖と向き合う日々
手術後は、走ることもできない状態からの再スタート。
膝の曲げ伸ばしや地道な筋力トレーニングを積み重ねました。
2022年8月、札幌・宮の森サマージャンプ大会で復帰戦優勝
(95m+91m、219.0点)
ただし本人は「まだ恐怖心と闘っている」と語り、完全復活には時間を要しました。
苦闘期から覚醒へ|世界の頂点争いに復帰
2023年は膝への不安やフォームの乱れに苦しみつつも、「W杯ヒンツェンバッハ大会で初表彰台(2位)」を獲得。
その後、フォームを大きく見直し、
- 前傾姿勢の改善
- 足圧の使い方の進化
を徹底。「ジャンプが好き」という原点のメンタルを取り戻します
2025/26シーズン|完全復活と覚醒
2025年夏のサマーグランプリで優勝すると、勢いは本物に。
2025/26シーズン
- W杯開幕戦から個人3連勝(日本女子初)
- 混合団体優勝
- W杯通算5~6勝、総合2位
- 全日本選手権3位(複数回)
大怪我を経験した選手とは思えない安定感で、「遅咲きのエース」として一気に世界の注目を集めました。
現在と目標|ミラノ・コルティナ五輪へ
丸山希選手は現在、ミラノ・コルティナ五輪での金メダル獲得を最大の目標に掲げています。
家族、チーム、そして自分自身との闘いを乗り越えた今、日本女子スキージャンプ界の中心選手として、その飛躍に期待が高まっています。
高梨沙羅との関係は?
丸山希選手と高梨沙羅選手は日本女子スキージャンプの先輩後輩関係で、同じ五輪代表としてライバル視されています。
ネットやメディアで「高梨の独壇場を揺るがす新ヒロイン」「高梨以来の快挙」と頻繁に比較されます。
高梨選手は丸山より2歳年上で、丸山希選手は学生時代、高梨沙羅選手を「雲の上の存在」「憧れの人」と位置づけていました。当時はライバル視すらできず、ただ尊敬する対象だったそうです。
では高梨沙羅選手は丸山希選手をどう思っていたのでしょうか?
高梨沙羅選手は丸山希選手を直接的なライバルとしてではなく、高い実力を持つチームメイトとして肯定的に捉えています。
公のコメントでは具体的な個人評価は少ないものの、同じ五輪代表として互いを認め合う関係です。
まとめ
丸山希選手は、野沢温泉村というスキー文化の根付いた環境で育ち、小学生の頃から頭角を現し、飯山高校・明治大学を経て日本代表クラスへと成長してきました。
学生時代にはジュニア世界選手権やサマーグランプリで結果を残し、大学卒業後は北野建設スキー部に所属。
一方で、2021年の前十字靱帯断裂という大怪我は、彼女の競技人生最大の試練でした。
それでも地道なリハビリとフォーム改善を重ね、「ジャンプが好き」という原点の気持ちを失わずに復活。
2025/26シーズンにはW杯複数勝利、開幕3連勝という日本女子史に残る成績を残しています。
努力を積み重ね、挫折を力に変えてきた丸山希選手。
その歩みは、ミラノ・コルティナ五輪での金メダルという大きな目標へと、着実につながっています。
今後のさらなる飛躍にも、引き続き注目していきたい選手です。

