日本維新の会で長年、党の要として活躍してきた馬場伸幸さん。
吉村洋文知事のような華やかさはないものの、地道に党を支えてきた実務派政治家として知られています。
2026年現在61歳の馬場さんは、衆議院議員として大阪17区から5回連続当選を果たし、維新の代表や幹事長など党の中枢を担ってきました。
今回は、料理人から政治家へと転身した馬場伸幸さんの人物像に迫ります。

馬場伸幸の家族構成
父親:馬場友次郎(ばば ともじろう)さん
- 職業:料理人(板前)
- 母方の祖父が経営していた料理屋で板前として勤務
- 2015年に84歳で死去
飲食の世界で長年腕を磨いた人物で、馬場伸幸さんの「料理人経験」や職人気質の原点とも言える存在です。
母親
- 職業:日本料理店の女将
- 自身で料理屋を経営
- 大阪府堺市西区鳳南町の日本料理店「竜起」に関わっていた
母親も飲食業に携わっており、夫婦そろって料理の世界に生きた家庭環境だったことが分かります。
料理人一家で育った少年時代
馬場さんは、飲食業を営む家庭で育ちました。父・友次郎さんは母方の祖父が経営する料理屋で板前として働き、母親も日本料理店の女将として店を切り盛りしていました。
3人兄弟の末っ子として生まれた馬場さんにとって、料理と商売は身近な存在だったのです。
実家の日本料理店「竜起」は堺市西区鳳南町にあり、現在は実兄が経営を引き継いでいます。
父・友次郎さんは2015年に84歳で亡くなりましたが、職人気質の父の背中が、馬場さんの「現場主義」の原点となっているのかもしれません。
馬場伸幸は結婚して子供がいる?
プライベートでは、馬場さんには離婚歴があり、現在は再婚されています。
前妻については結婚時期・離婚理由などを含め、信頼できる公的情報は一切公開されていません。
息子さんが1人いらっしゃいますが、前妻との子か、再婚相手の連れ子かは不明です。
配偶者や子どもに関する詳細は一切公表されておらず、家族のプライバシーを大切にする姿勢が伺えます。
馬場伸幸の学歴まとめ
ラグビーに明け暮れた高校時代と大きな挫折
地元の堺市立鳳南小学校、鳳中学校を経て、馬場さんは大阪府立鳳高等学校へ進学します。
しかし、この高校時代が人生の大きな転換点となりました。
ラグビー部に所属した馬場さんは、フランカーというポジションで汗を流しました。
フランカーは派手なポジションではありませんが、チームのために走り回り、体を張る役割です。
本人も「授業にはほとんど出ないのに、クラブだけは欠かさなかった」と振り返るほど、ラグビーに熱中していました。
その代償は大きく、大学受験では6大学12学部を受験するも全て不合格。さらに予備校の選考試験にも落ち、進学の道は完全に閉ざされてしまいます。
馬場さんはこの経験を「学問の道はあきらめた瞬間だった」と語っています。
多額の受験料を支払ってくれた母親への申し訳なさと、早く社会に出たいという思いから、馬場さんは就職を選択。
ロイヤルホストを運営する会社に入社し、調理師としての道を歩み始めました。
馬場伸幸の経歴まとめ:母の一言で政治の世界へ
ロイヤルホストでコックとして働き始めて約3年、馬場さんは調理師免許を取得し、将来は「飲食業で青年実業家になる」ことを夢見ていました。
しかし1986年2月、母親からの思いがけない提案が人生を変えます。
「中山太郎議員のところに行ってみないか」
参議院議員だった中山太郎氏の秘書になることを勧められた馬場さんは、社会勉強のつもりで政治の世界に足を踏み入れました。
堺市地区や婦人部の統括、東京事務所の運営など、約8年間にわたって国政と選挙の現場を経験します。
そして中山氏から「堺市議選に出ろ」と背中を押され、1993年10月、堺市議会議員補欠選挙で初当選を果たしました。当時は自民党公認での出馬でした。
地方から国政へ、そして維新の中枢へ
堺市議として6期19年を務めた馬場さんは、副議長や第76代議長も歴任し、地方行政の実務と議会運営のノウハウを積み重ねていきます。
転機が訪れたのは2010年頃。橋下徹氏らが立ち上げた大阪維新の会の結成に参加し、自民党を離党します。
既存政党の枠を超えた新しい政治を目指す動きに共鳴したのでしょう。
2012年12月、衆議院議員総選挙で大阪17区から出馬し、国政進出を果たします。以後、5回連続当選を重ね、日本維新の会では幹事長、共同代表、そして代表と、党の中枢を担うポジションを歴任しました。
特に幹事長時代は2015年から2021年まで約6年間にわたり、党の実務を支える調整役として高い評価を得ています。
2022年から2024年までは代表として党を率い、衆院選では維新を第3党に押し上げる実績を残しました。
料理人から政治家へ、異例のキャリアパス
馬場さんの経歴を振り返ると、料理人として社会に出て、秘書を経て地方議員となり、国政へ、そして党代表へと、実に段階を踏んだキャリアを歩んできたことが分かります。
このような経歴を持つ政治家は珍しく、「叩き上げ」という言葉がぴったりです。
飲食業での現場経験は、馬場さんの「現場主義」「庶民感覚」を重視する政治姿勢の土台となっています。
また、高校時代にフランカーとして「派手ではないがチームのために走り回る」役割を担った経験は、「前に出るより支える」という裏方気質につながっているのかもしれません。
馬場伸幸の評価まとめ二極化する評価:実務派か、地味か
馬場伸幸さんに対する世間の評価は、はっきりと二つに分かれています。
維新支持層からの評価
維新支持層からは「地方議席を拡大し、改革路線を進めた実務型リーダー」として高く評価されています。
2023年の統一地方選後には「野党第1党候補」という声も上がり、衆院選で維新を第3党に押し上げた手腕が認められています。
「叩き上げで親しみやすい」「熱血漢」「兄貴分タイプ」といった人柄への好意的な評価も多く聞かれます。
政治姿勢への批判
一方で、否定的な意見も少なくありません。自民党との協力路線を取ったことから「第2自民党」「自民補完勢力」との批判があり、中道・現実路線に寄ったことで「維新らしさが薄れた」という不満も出ています。
世論調査では維新の支持率が4〜5%台に低迷し、次期首相適格度でも1%前後と低い数字が示されました。「発言が乱暴」「万博擁護で国民感情とズレている」「存在感が弱く、地味」といった声もあります。
SNSでの反応も二極化しており、固定支持層からは温かいコメントが寄せられる一方、「自民寄り」「中道転向で維新らしさ喪失」といった批判や、代表退任後の「影響力が落ちた」「地味」という指摘も見られます。
ただし、拡散力は弱いものの炎上が少ないのが特徴で、堅実な政治活動を続けている様子が伺えます。
吉村知事との対照的なスタイル
同じ維新のリーダーでありながら、馬場さんと吉村洋文知事は真逆のタイプと言えるでしょう。
吉村知事はSNSフォロワー数が200万人を超え、投稿には大量の「いいね」やリポストがつきます。「分かりやすい」「行動派」として絶賛される一方、「パフォーマンス過多」「炎上体質」との批判も多く、常に注目を集める存在です。
対して馬場さんのフォロワー数は吉村氏の約10分の1で、投稿内容も地元活動や党務が中心です。支持者からは「叩き上げの兄貴分」「安定感がある」と評価される一方、一般層では「地味」「自民寄り」と受け止められがちです。
つまり吉村知事が「目立つリーダー」であるのに対し、馬場さんは「裏方型で党を支えるリーダー」。この違いが、評価の分かれ方にも表れているのです。
まとめ:派手さより実務を重んじる政治家
馬場伸幸さんは、料理人から政治家へと転身し、地方から国政へ、そして党代表まで上り詰めた異色の経歴を持つ政治家です。
派手なパフォーマンスよりも地道な実務と調整を重んじ、維新を支えてきた存在。その姿勢は、高校時代にフランカーとしてチームのために走り回った経験や、飲食業で培った現場感覚に根ざしているのかもしれません。
評価が二極化するのは、裏方型のリーダーだからこそ。スポットライトを浴びる華やかさはなくても、組織を支える重要な役割を果たしてきたことは間違いありません。
これからも馬場さんがどのような政治活動を展開していくのか、注目していきたいと思います。


