吉村紗也香さんは高校生時代から2026年ミラノ・コルティナ五輪まで、5度にわたる挑戦でオリンピック出場を逃してきましたが、2025年12月の世界最終予選でノルウェーを破り悲願の初出場を決めました。
氷上でのクールな「スキップ」としての顔と、普段の柔らかな笑顔のギャップが魅力の吉村さん。
この記事では吉村紗也香さんのプロフィールや意外な素顔、フォルティウスのメンバーとのかかわり、さらになぜこれまでオリンピックに出場できなかったかをまとめました。
吉村紗也香選手のプロフィール
吉村選手は、カーリングの聖地・常呂町で小学4年生から競技を始めました。ジュニア時代から頭角を現し、2013年には世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得するなど、早くから将来を嘱望されていた選手です。
意外な素顔:氷を離れた時の吉村選手は?
氷の上では「氷鉄の女」のようにクールな吉村選手ですが、プライベートではとてもチャーミングな一面を持っています。
- 「さや姉」の愛称で親しまれる性格 チーム内や後輩からは「さや姉(ねえ)」と呼ばれ、慕われています。実はとてもおっとりした性格で、試合中のピリッとした空気とは裏腹に、普段は柔らかい口調で話す癒やし系です。
- 大好物は「甘いもの」と「肉」 過酷なトレーニングを支えるのは、実はかなりの食欲。特に地元・北海道の美味しいスイーツや、元気を出したい時の焼き肉には目がないそうです。インスタグラムなどで時折見せる、美味しそうに食事を楽しむ姿に親近感を抱くファンも多いです。
- ファッションへのこだわり ユニフォーム姿が凛々しい彼女ですが、私服はおしゃれで女性らしいスタイルも好みます。試合中のピアスや髪型など、細かい身だしなみにも気を使っており、「カーリング界のファッションリーダー」の一人としても注目されています。
フォルティウスはどんなチーム?個性あふれるメンバーたち
フォルティウスは、北海道札幌市を拠点とする女子カーリングチームで、ラテン語で「より強く」を意味するチーム名通り、逆境を乗り越えてきた実力派です。
2011年4月、当初は船山弓枝、小笠原歩、吉田知那美の3人で北海道銀行フォルティウスとしてスタートしました。
小野寺 佳歩(おのでら かほ)選手
- 得意なプレー: 力強いスウィープと緩急使い分けるソフトウエイトショット
- ポジション:サード
- 生年月日:1991年11月11日生まれ(34歳)
- 特徴: チームの「精神的支柱」であり、抜群の運動神経を誇るオールラウンダー。
- 吉村選手との絆: 吉村選手とはジュニア時代からの長い付き合いで、まさに「戦友」。北京五輪代表を逃した絶望も、スポンサー撤退の危機も、常に吉村選手の隣で支え続けてきました。二人の信頼関係は言葉がなくても通じ合うレベルです。
近江谷 杏菜(おおみや あんな)選手
- 得意なプレー:チームの戦術を遂行するためのセットアップショット、スイープのコンビネーション
- ポジション:リード
- 生年月日:1989年10月12日生まれ(36歳)
- 特徴: 2010年バンクーバー五輪出場経験を持つベテラン。圧倒的なパワーショットが武器。
- 吉村選手との絆: 経験豊富な近江谷選手がいることで、吉村選手はより攻撃的な作戦に集中できるようになりました。チームの「お姉さん役」として、吉村選手が悩んだ時にどっしりと構えて安心感を与える存在です。
小谷 優奈(こたに ゆうな)選手
- 得意なプレー: テイクアウトショット
- ポジション:セカンド
- 生年月日:1998年5月26日(27歳)
- 特徴: 正確なデリバリー(投げ)と、パワフルなスウィーピング(掃く力)が魅力。
- 吉村選手との絆:元チーム富士急から2023年加入の新戦力です。 チームの中ではムードメーカー的な存在です。吉村選手が産休から復帰した際も、試合勘を取り戻すのを全力でサポートしました。
小林 未奈(こばやし みな)選手
- 得意なプレー: ドローショットの精度、
- ポジション:フィフス
- 生年月日:2002年7月20日(23歳)
- 特徴: チームを影で支える戦略家。
- 吉村選手との絆: 試合に出場しない時でも、外側からアイスの状態を分析し、吉村選手に的確なアドバイスを送ります。吉村選手が「チーム全員で戦っている」と口にするのは、こうした裏方の献身的な支えがあるからです。
報告が遅くなってしまいました🙇♀️
— 吉村紗也香 (Sayaka Yoshimura) (@yoshimura920130) February 14, 2025
日本選手権優勝いたしました🏆
皆様沢山の応援ありがとうございました!✨
素敵な会場で素晴らしいアイスで自分達の最高のパフォーマンスを発揮する事ができました!
世界選手権に向けてさらに良い準備をして臨みます! pic.twitter.com/M5dnZ1ujMp
なぜ5度目の挑戦でのオリンピックに出場なのか?3つの大きな壁
吉村紗也香選手は10代から天才肌の選手として注目され、日本選手権でも何度も優勝していますが、オリンピック出場は今回が初めてです。
吉村紗也香選手がこれまでオリンピックに出場できなかった最大の理由は、一言で言えば「日本国内の選手層が厚すぎたこと」、そして「あと一歩での惜敗」が続いたことにあります。
1. 「2勝0敗」からの大逆転負け(北京五輪の悲劇)
最もオリンピックに近づき、そして最も残酷な形で出場を逃したのが、2021年の北京五輪代表決定戦です。
吉村選手率いる「フォルティウス」は、ロコ・ソラーレと代表の座を争いました。
先に3勝した方が代表というルールで、吉村選手たちは最初に2連勝し、王手をかけました。
しかし、そこからロコ・ソラーレに3連敗を喫し、大逆転で代表権を奪われました。
国内トップチーム同士の直接対決で常に僅差の戦いとなり、代表枠を逃しました。
この敗北は日本のカーリングファンに大きな衝撃を与え、吉村選手自身も「人生で一番悔しい経験」と語っています。
2. チームの危機とスポンサー撤退
北京五輪を逃した直後、追い打ちをかけるように当時のメインスポンサーであった北海道銀行との契約が終了しました。
- チームは事実上の解散危機に陥りましたが、しかし、「このメンバーで五輪に行きたい」という強い意志で全員が残留。吉村選手自身も、主将(スキップ)としてチームの存続に奔走しました。
- 「フォルティウス」として独立し、自分たちでスポンサーを探しながら競技を続ける過酷な道を選びました。この不安定な時期も、五輪への道に影響しました。
3. 日本女子カーリング界の「超・激戦」
日本女子は世界でもトップクラスのチームが複数存在します。
- ロコ・ソラーレ(藤澤五月選手)
- 中部電力
- フォルティウス(吉村選手) これらのチームが常にハイレベルな争いをしており、「日本選手権で優勝しても、五輪選考会で負ければ出られない」という非常に厳しい選考基準が続いていました。
そして、5度目の挑戦で「悲願の初出場」へ!
吉村選手は高校時代から「5度目の挑戦」にして、ついに2026年ミラノ・コルティナ五輪への切符を掴み取りました。
- 出産のブランクを乗り越えて: 2023年12月に第一子(長男)を出産。わずか数ヶ月で氷上に戻り、2025年の日本選手権で優勝。
- 2025年12月、ついに決定: 世界最終予選で見事に勝利し、33歳にして初めてのオリンピック出場を決めました。
まとめ
北京五輪の代表決定戦で「2勝0敗からの3連敗」を喫したあの日、チーム全員で泣き崩れた経験が、今のフォルティウスメンバーの強さの原点です。
2025年の日本選手権優勝時には、「あの悔しさがあったから今がある」とメンバー全員で抱き合って喜ぶ姿が、多くのファンの涙を誘いました。
何度も壁にぶつかり、どん底を経験しながらも、夢を諦めなかった吉村紗也香選手。
30代になり、母となり、さらに進化した吉村紗也香選手の姿は、今のフォルティウスの強さそのものです。
2026年ミラノ・コルティナ五輪で、あの最高の笑顔が弾けるのを日本中が楽しみにしています!


